LOGIN青の紙を読んだ時、私はすぐには怒れなかった。
怒るより先に、胸の奥が冷えた。『最後に裁くべきは、鈴花です』 白啓ではない。 皇后様でもない。 明霞姉様でもない。 私。 私自身を記録しろ、と青は書いた。 しかも、そこに並んでいた言葉は、どれも私が見たくないものだった。 白家を憎みながら、誰より白家の帳を読む目を持つこと。 許さないことで自分を守っていること。 記録する側に立ち、人を裁く快さを少し知ってしまったこと。 吐き気がした。 だが、一番嫌だったのは、反論できなかったことだ。「鈴花」 蘭々が私の顔を覗き込んだ。 膝の包帯はまだ取れていない。 けれど、彼女は当然のように私のそばに第二章 第七十六話 鼠でも紙は齧れます 十二人分の死亡戸籍を机の上へ並べた翌朝、還名房にはいつもの倍ほど人がいるのに、いつもより静かだった。 戸部から派遣された書記が二人、方玄の指示で死亡年月日や出生地を書き写し、白瑛は旧白家網の記録と照合するため別の机で帳面を開き、蘭々は「字ばっかり見てると頭が腐る」と文句を言いながら、そのくせ誰より熱心に紙の端へ顔を近づけている。私は十二人の名前を何度も読み返していたけれど、今のところ分かっているのは、全員が一度正式に死んだことにされ、その後どこかで戸籍番号を再び使われているということだけだった。「これ、本当に十二人だけなんですか」 私が尋ねると、方玄は書き写していた筆を止めずに答えた。「昨日持ち出された閉鎖戸籍が十二件というだけです。同じ処理をされた記録が過去に何件あるかは、戸部が現在調査しています。ただし閉鎖簿は膨大ですから、すべて照合するには時間がかかります」「つまり、誰かが十二件を盗もうとしたおかげで、十二件については気づけた?」 蘭々が言う。「皮肉ですが、そうなります」「だったら、盗んだ人ってちょっと親切じゃない?」「犯罪者を妙な褒め方で評価しないでください」「でも、燃やされてたら分からなかったんでしょ?」「だからこそ、持ち出した理由を調べています。証拠を消すつもりだったのか、別の場所へ移すつもりだったのか、誰かが先に保護しようとしたのか、それすらまだ不明です」「また不明」 蘭々が嫌そうに言った。「昨日から不明ばっかりじゃん」「調査というものは、最初は分からないことを増やす仕事なのです」「普通、減らす仕事じゃないの?」「何が分からないのかを正しく増やさないと、最後まで減りません」「方玄って、難しい言い方するの好きだよね」「あなたが簡
第二章 第七十五話 帳簿の方が人間より偉いそうです 戸部尚書・韓徳元という名を見つけたからといって、すぐにその人を犯人だと決めつけられるほど、世の中は親切にはできていなかった。 むしろ厄介なのは逆で、偉い人間の名前が一枚の書類に書かれているだけでは、何の証拠にもならないことである。戸部尚書ともなれば、本人が一日に目を通す書類だけでも相当な数になるらしく、最終的な承認印を部下が管理することも珍しくないのだと方玄は説明した。つまり、韓徳元本人が紅珠の戸籍を知っていた可能性もあれば、知らないうちに名前だけ使われた可能性もあり、あるいは全部知った上で「私は部下を信じて印を預けていただけです」と言い逃れることもできる。「それって、偉くなるほど自分の名前で何をされても知らなかったって言えるってこと?」 還名房へ戻る途中、蘭々へ事情を話すと、彼女は露骨に嫌そうな顔をした。「そんな便利な話ではありません」 方玄がすぐ訂正する。「官印の管理責任がありますから、勝手に使用されたならそれ自体が問題になります。ただ、印があるというだけで本人が不正を指示した証拠にはならない、と言っているのです」「でも、紅珠を死んだことにした戸籍があって、その死人が結婚して、土地までもらって、その全部を戸部が通してるんでしょ?」「そうです」「じゃあ戸部が悪いじゃん」「戸部という役所全体を一人の人間みたいに扱わないでください」「でも戸部でしょ?」「そういうところです、あなたの悪いところは」「何、その言い方」「そのままの意味です」「方玄って私にだけ厳しくない?」「あなたが私にだけ話を最後まで聞かないからです」「鈴花、方玄がいじめる」「二人とも歩きながら喧嘩しないでください。人に見られます」「もう見られてるよ」
第二章 第七十四話 私の名で生きている娘 紅珠が還名房へ来た翌朝、私はいつもより少し早く目を覚ましたのだけれど、それは体調が良かったからでも、還名房の仕事に慣れて朝が楽しみになったからでもなく、夢の中で何度も同じ赤い文字を見たせいだった。 死亡。 たった二文字である。 けれど、その二文字の下に婚姻登録があり、さらに土地相続の記録まで続いていた。生きている少女を死人にした帳簿が間違っているだけなら、まだ話は簡単だったのかもしれない。間違いを正し、紅珠が紅珠だと証明して、母親のところへ帰す。それで済む。 けれど、死んだはずの紅珠は、その後も生きていた。 正確には、紅珠の名前だけが生き続けていた。 別の誰かの人生として。「鈴花、起きてる?」 仕切りの向こうから蘭々の声がしたので、私は寝台の上で目を閉じたまま答えた。「寝ています」「寝てる人は返事しないよ」「では起きています」「最初からそう言えばいいのに。あと景黎様が来てる」 目が開いた。「どうしてですか」「知らない。朝餉を食べたか聞いてる」「まだ起きたばかりです」「じゃあ食べてないって言っていい?」「駄目です」「でも食べてないじゃん」「蘭々」「はいはい、面倒くさい人が二人いると間に入る私が大変なんだから、喧嘩するなら自分たちでやってね」 どちらが面倒くさい人なのか確認したかったけれど、確認すればたぶん私も景黎様も含まれていると言われるのでやめた。 身支度を整えて外へ出ると、景黎様は本当にいた。 皇弟へ戻った今も、朝早く私のところへ来る時は簡素な濃紺の衣を選ぶことが多い。宦官の黎星として後宮を歩いていた頃とはさすがに違う
第二章 第七十三話 死人が還名房へ来ました 還名房が正式に仕事を始めて七日目、私はようやく、自分たちがとんでもなく面倒なものを作ってしまったのだと理解した。 白家の帳を壊し、人の名を勝手に奪ったり与えたりできないようにして、本人が望むなら元の名へ戻り、別の名を選びたいならその意思を記録し、まだ決められないなら決められないまま残しておける場所を作る。それだけ聞けば、ずいぶん立派で優しい仕組みに思えるのだけれど、実際に始めてみれば、名前というものは洗濯物よりずっと扱いが面倒だった。「だから言ったじゃない。名前なんて本人に聞けばいいって。『あなたは今日から何て呼ばれたいですか』って聞いて、その名前を書けば終わりでしょ?」 朝から三度目になる欠伸をしながら、蘭々が記録机の端へ頬を乗せたので、向かいに座っていた方玄が露骨に眉を寄せた。「終わりません。本人が希望する呼称と、出生時の名と、現在の戸籍名と、過去に使用していた名と、法的に変更可能な名は別です。それらを一つにしてしまえば、相続や婚姻、土地所有、納税記録との照合ができなくなりますし、何より別人が本人を騙る余地が生まれます」「また始まったよ。方玄の『法的には』」「私の名前を妙な呼び捨てにしないでください。それと、記録官が法を気にしなくなったら誰が気にするのです」「鈴花が気にするんじゃない?」「どうして私なんですか」 書きかけの記録から顔を上げると、蘭々と方玄が同時にこちらを見た。見ないでほしい。白家の帳を破り、皇后様の死について証言し、太后様や玉蘭妃様や白啓まで巻き込んだ一連の騒ぎのせいで、なぜか私は「面倒になった時に最後に聞けば何とかする人」のような扱いになりつつあるけれど、そんな役目を引き受けた覚えはない。「私は洗衣局の下級宮女だった人間ですよ。戸籍の決まりなんて、方玄さんの方がずっと詳しいでしょう」「だから困っているのです。制度については私の方が詳しい。しかし、この房では制度通りに処理すればいいわけではない、と陛下から
白家の最後の封が解かれても、朝は劇的には来なかった。 空が急に晴れることもない。 花が咲き乱れることもない。 誰かが全部許して、泣きながら抱き合うこともない。 後宮には、まだ薬草の苦い匂いがあった。 洗衣局には、灰のついた衣が山のように残っていた。 医療房では、子供たちが香抜き湯を嫌がり、老医官様が一人ずつ説明していた。 月琴は、自分の包帯をほどこうとして怒られた。 黒豆は、粥を二杯食べて寝た。 梨花は、自分の名を「今日も梨花」と記録した。 青は、まだ泣けないと言いながら、飴を一つ食べた。 蘭々は膝が痛いと文句を言いつつ、洗衣局の下女たちに「怖いままでいい」を広めていた。 私は、台車を少しだけ便利だと思った。 絶対に口にはしない。「顔に出ています」 白瑛が言った。「何がですか」「台車、便利だと思っている顔です」「していません」「しています」「白瑛さんまで蘭々みたいに」「よい悪影響です」 梨花が横から言った。 私は黙った。 この言葉は便利だ。 便利すぎる。 後宮中に広まりそうで怖い。 ◇ 正式な最終裁議は、三日後に開かれた。 すべての罪に判決が下ったわけではない。 そんなに早く片づくはずがない。 太后の罪。 玉蘭妃様の罪。 梁氏の偽皇子計画。 沈氏の偽装。 白家の商路。 柳昭の売買。
白啓は、待っていた。 まるで、こちらが来る時間まで帳に書いていたかのような顔で。 寝台に横たわっているが、目ははっきりしている。 老医官様の薬が効いたのだろう。 死なせてもらえない老人。 その顔には、疲労と苛立ちと、まだ消えない興味があった。「鈴花」 白啓は言った。「今度は何を持ってきましたか」「私の記録です」 白啓の目が、わずかに動いた。 ほんの少し。 だが、私は見た。 驚いたのだ。 白啓が。「あなたの?」「はい」「白家の帳を読む目を持つ、鈴花の記録です」 白啓は、少し笑った。「自らを裁くとは。流行りですか」「白家が嫌うので」「なるほど」 私は白瑛に合図した。 白瑛が第五記録を読み上げる。 声は静かだった。 粥を残すところで、白啓の眉が動いた。 台車を少し便利だと思い始めた者、で、白啓は本当に一瞬だけ目を細めた。 嫌がっている。 この老人は、嫌がっている。 罪だけなら扱える。 傷だけなら帳に入れられる。 だが、粥や台車や泣いたことや友人の名が混じると、白啓の帳では扱いにくいのだ。 白瑛が読み終えた。 部屋は静かだった。 白啓は、しばらく何も言わなかった。 やがて、低く笑った。「雑ですね」「はい」「長い」「はい」「使い







